茨城県 Ibaraki Prefecture

■森の中のパワフルな神社、御岩神社

Oiwa shrine

御岩神社は、霊山、御岩山の中に鎮座する神社。
古事記や日本書紀と並ぶ、日本最古の地方誌「常陸風土記」に記載されているのだそうですが、創建の時期ははっきりと分かっていません。それほど古くから信仰されています。

江戸時代には、水戸藩が山形の出羽三山から勧請。
御岩大権現と呼ばれていました。
神仏混合の時代でしたので、その当時は
境内に、21の神社仏閣があったそうです。



2015年の元旦に参拝したときの詳細はブログでご紹介しています。
http://urx2.nu/fZ26
bit.ly/1yB7TiQ

■地震と武道の神さま! 常陸国一宮・鹿島神宮

Kasima Shrine


鹿島神宮
鹿島神宮【DATA】茨城県鹿嶋市宮中(大字)2306−1
1634年、徳川頼房が奉納した桜門です。日本三大桜門のひとつ
1634年、徳川頼房が奉納した桜門です。日本三大桜門のひとつ

 

 茨城県の神社と言ったら、やはり鹿島神宮を抜きには語れません。利根川の水郷地帯に鎮座する鹿島神宮は、太平洋を望む地域であったことから航海を司る神としても信仰されてきました。また、「境の神」として外からの邪悪なものを防ぐという信仰もありました。
創建は約2700年前の神武天皇が即位した年にさかのぼります。平安時代より“神宮”の称号を許された格式高い神社で、ご祭神は、武甕槌(タケミカヅチノカミ)。イザナギノミコトの剣から生まれたとされる剣の神様であることから、特に武士たちの篤い信仰があったようです。

天然記念物「鹿島神宮の森」
天然記念物「鹿島神宮の森」

20万坪におよぶ鹿島神宮の森は、天然記念物にも指定された植物の宝庫。巨大な杉並木の参道が私たちを迎えます。

要石
要石

奥参道を進み、奥の宮を右に曲がってさらに進むと、「要石」にたどりつきます。頭だけわずかに地中に出ている石で、地中で地震を起こす大なまずの頭を押さえている霊的な石と言われ崇められています。
水戸黄門で知られる徳川光圀が、石の周りを家来に掘らせたようですが、何度掘っても根元にはたどり着かなかったという、不思議な言い伝えがあるんです。

 

地震なまずの頭を、剣で押さえつけている武甕槌。【DATA】茨城県鹿嶋市宮中(大字)2306−1
地震なまずの頭を、剣で押さえつけている武甕槌。【DATA】茨城県鹿嶋市宮中(大字)2306−1

ご祭神の武甕槌は、国譲り神話の中で大活躍する神様です。神話を全く知らないという人のために、ちょっとだけここで国譲り神話をお話しましょう。

舞台は出雲の稲佐の浜武甕槌は経津主大神(フツヌシノオオカミ)と共に、天上界に住む天照大御神(アマテラスオオミカミ)から、「地上界をうばってきてね!」と命令を受けます。武甕槌は稲 佐の浜に行き、浜に剣を逆さに突き刺して、地上界を統治していた大国主命に「地上界をよこせ〜」とすごみます。大国主命は、「わ、分かった。息子に聞いて みるよ……」と一人目の息子コトシロヌシノカミに聞きます。コトシロヌシノカミの方はあっさり国譲りを認めるのですが、二番目の息子、建御名方神タケミナカタノカミ)は、「けしからん!」と言って戦いを挑んできました。しかしながら、武甕槌の方が力が強く、建御名方神は、諏訪まで逃げて降伏します。「諏訪から出ないことを約束するので許して〜!」。というわけで、諏訪神社には建御名方神が祀られているのです。

神話を知ると、ちょっと面白いでしょう? ……武甕槌は武術の神様でもあるので、武道をやってる方はぜひ参拝するとよいでしょう。

 

常陸国三宮・吉田神社

Yoshida Shrine

吉田神社
吉田神社本殿前。【DATA】

 水戸市宮内町にある吉田神社。起源は古く、5世紀くらいとのこと。あの日本武尊(ヤマトタケル)が東の国を攻めた際、兵士達をこの地に休ませたという言い伝えのある神社です。 もちろんご祭神は日本武尊です。 江戸時代には、水戸徳川の手厚い保護がありました。

日本武尊が見晴台にしたということですから、境内は石段を登り切った高台にあります。

石段の途中に伸びている巨木。この木からとても強い気を感じました。


石段を登り切ると、左側を注意して歩いてみましょう。「朝日三角山」は、日本武尊が旗を朝日に輝かせ、あたりを展望したという場所で、いまでも残っています。

※吉田、吉田……と、割とアピールが強くてドキドキしました。(笑)私は「吉田」の名でお仕事をさせてもらっているので、目が行きすぎてしまうのでしょうか……。よく拝ませていただきました!